地下の菌類のネットワークが森林の安定と変化の原動力であることを解明 -なぜ森林ではさまざまな樹木が共存でき、時間とともにその姿を変えるのか-
プレスリリース 掲載日:2018.11.21
<論文タイトル>
(アーバスキュラー菌根菌と外生菌根菌の違いが植物土壌フィードバックの方向性と強さを決定づける)
概要
京都大学学際融合教育研究推進センター 門脇浩明 特定助教(兼:フィールド科学教育研究センター連携助教)、京都大学理学研究科 山本哲史 助教、京都大学生態学研究センター 東樹宏和 准教授らを中心とする共同研究チームは、大規模野外操作実験によって、地下の菌類のネットワークが生み出す土壌環境の変化が森林を形作る重要な要因であることを明らかにしました。 土壌微生物の一大グループである菌根菌は、植物の根に住みつき、菌根共生と呼ばれる植物との栄養のやりとりをしていることが知られていたものの、実際に、菌根菌のはたらきが森林動態とどのように関連しているのかは分かっていませんでした。今回の成果によって、菌根菌がつくりだす地下のネットワークやそれが引き起こす環境変化によって異なる樹木の種類が共存できたり、特定の樹種が優占するようになったりすることが分かりました。この成果によって、なぜ森林では多様な種の樹木が共存できるのか、また、なぜ植生が時間とともに必ず一定の樹種に置き換わるのかという生態学の古くから続く二つの問題は、地下に生息する菌根菌のはたらきというメカニズムによって説明できることが示されました。 本研究成果は、2018 年 11 月 20 日に英国の科学誌「Communications Biology」にオンライン掲載されました。
https://gyazo.com/30db5645bb798e8cdd48cfbd6ac5c55e
イメージ図:土壌に生息する菌根菌が、森林の安定と変化の原動力として、森林の組成や構造という大きなスケールの特徴にまで影響を及ぼす。野外実験サイトに出現した菌根菌(キツネタケ)のきのこ。実験中このほかにも地下にネットワークをつくるタイプの様々なきのこが確認された。
1.背景
植物は自身が生える土壌環境に影響を与え、その土壌環境の変化は、将来、その場所で異なる植物が発芽・生長できるかにまで影響を及ぼします(生態学では、この現象のことを植物土壌フィードバックと呼んでいます)。本研究では、このサイクルが繰り返されることで、森林内で多様な種類の樹木が共存できたり、時間とともに必ず一定の樹種に置き換わったりするのではないかと考えました(図 1)。 https://gyazo.com/1776eebef5dd45f4f5b211d768a50552
共存と遷移のメカニズム解明は、生態学の最も古いテーマでありながら、いまだ解決されていない問題である。京都大学芦生研究林にて撮影。
森林では多くの種類の樹木が生育しており、安定的に共存しています。その一方で、日当たりを好む樹種から日陰でも生育できる樹種へと時間とともに置き換わっていきます(植生遷移)。このような安定と移り変わりの現象に土壌微生物、なかでも菌類が大きな役割を果たしていることを野外操作実験で検証しました。 植物の根の表面付近や内部まで侵入して生きるかびやキノコの仲間(菌類)があります。これらの菌類は水分や栄養分を吸収して植物に与え、一方植物は糖を菌類に与え、お互いに役立つ関係(共生)で生活しています。このような菌類を菌根菌といいます(イメージ図参照)。菌根菌は糸のような足(菌糸)をあちらこちらに伸ばし、地面の中で網目のような構造(ネットワーク)を作っています(図 2)。 https://gyazo.com/dabcf976f4faf3cebd91fbd1e7e01c86
ネットワークにつながれた実生は共有されている菌根菌(根端部周辺の同心円状の模様で表現)を通じ、周囲の樹木との間に様々な相互作用を経験することになる。
樹木が共生する菌根菌はいくつかの種類に分類でき、代表的なのは、サクラ、ツバキ、モミジやクスノキなどと共生する「アーバスキュラー菌根菌」、アカマツ、コナラ、シイやアカシデなどと共生する「外生菌根菌」という2つのグループです。これまでの研究から、アーバスキュラー菌根菌と共生する樹種では、同種の実生(みしょう:種子から発芽したばかりの植物)が育ちにくく、異種の実生が育ちやすいことが知られていました。逆に、外生菌根菌と共生する樹種では、その足元で同種の実生のほうが異種に実生よりも育ちやすいことが知られていました。しかし、これらの菌根菌がどのような場合にネットワークを形成して土壌環境変化を引き起こし、森林のダイナミクスに影響するのかはわかっていませんでした。 2.研究手法・成果
本研究では、菌根菌に着目することで、菌根菌が森林における樹木の多種共存を促進したり、樹種を置き換える植生の移り変わり(植生遷移)を加速したりするかどうかを検証しました。これまでの菌根菌を用いた野外実験では、制御できない環境要因がたくさんありすぎて、確かなことを明らかにすることはできませんでした。そこで私たちはより再現性の高い結果を得るため、生態系を土からつくって実験することにしました。 はじめに 10 トンの土を購入しその土を混ぜて、1.2 メートル四方の実験区を 36 区画つくり、そこに土をいれました。その実験区に菌根菌をあらかじめ保有している苗木 16 本ずつ(以下、親樹とする)を植え、ミニチュアの森林(親樹群集)を構築しました。そこに、いまだ菌根菌に感染していない芽が出たばかりの苗(実生苗)を導入し、2 年間にわたって合計 1000 個体以上の実生苗の成長を追跡しました。全ての実生苗は根を切らないよう丁寧に掘り起こして収穫し、葉・茎・根の部位ごとに分けてスキャナーで画像データ化し、一つ一つ重量を計りました。同時に、DNA シーケンシングを用いて、すべての親樹と実生苗について菌根菌の種類を共有しているのかどうかも明らかにしました。これらの膨大なフィールドワークとラボワークは 100 名にのぼる京大生アルバイトの皆さんとの共同作業によって成し遂げられました(図 3)。
https://gyazo.com/59bf832adf90e29eaa3e357c8424da84
この実験では、アーバスキュラー菌根植物と外生菌根植物をモデルとして、親樹と実生が交差する直交要因実験を行いました。そうすることで、実生を植える際は、同じ菌根タイプの処理区と異なるタイプの処理区を設け、菌根タイプがマッチした場合とミスマッチした場合の成長を比較しました。その成長の違いを解析すると、同じ菌根タイプに属する種が共存できたり、特定の樹種が優占するようになったりする原因が見えてきました。
菌根タイプがマッチした場合、アーバスキュラー菌根の実生の成長は、異種樹木よりも同種樹木のもとで育った場合に成長が悪くなる傾向がみられ(これを負の植物土壌フィードバックと呼びます)、外生菌根の実生の成長は、異種樹木よりも同種樹木のもとで育った場合に成長が良くなる傾向がみられました(これを正の植物土壌フィードバックと呼びます)。一方で、アーバスキュラー菌根と外生菌根のいずれのタイプの実生にとっても、ミスマッチした菌根タイプよりもマッチした菌根タイプのもとで育った場合に成長がよくなることがわかりました。これらの成長の違いが見られた処理区で土壌中の菌根菌を調べると、菌根タイプがマッチした場合にのみ樹木と実生をつなぐ菌根ネットワークが形成されている可能性が示唆され、外生菌根の実生でこの傾向が顕著にみられました。
3.波及効果、今後の予定
本研究の結果、菌根菌とそれがつくりだす地下のネットワークは、森林における樹木の多種共存の原動力だけでなく、樹種を置き換える植生の移り変わり(遷移)を加速する原動力にもなりうることが示唆されました。
これは、土壌に生息する小さな微生物が、森林の組成や構造という大きなスケールの特徴にまで影響をおよぼしうることを意味しています。
地下の菌類のネットワークこそが森林の安定と変化の原動力であることが示唆されましたが、その具体的なメカニズムについてはさらに深く掘り下げていくことではじめて理解できるものです。また、今回実験で用いた樹種や研究サイト以外でも同様の結果が得られるのかを確かることで、得られた結果の一般性が確かめられていくと考えています。
近年、未曽有の自然災害が世界各地を襲っています。そうした災害から私たちの身を守ってくれるのが森林です。森林をきちんと管理していくためには、森林がどうやってできているのかを知ることが重要です。本研究によって、土壌に生息する微生物のはたらき(土壌微生物が原動力となる環境変化)を理解することではじめて森林のなりたちを理解できることが示されました。この土壌微生物のはたらきから森林を捉えるアプローチは、将来、森林を守ったり、再生させたりするうえでスタンダードになっていくかもしれません。 4.研究プロジェクトについて
本研究は、以下の補助金の支援を受けて行われました。最先端・次世代研究開発支援 GS014(代表:東樹宏和)、科研費 26711026(代表:東樹宏和)、 JST さきがけ JPMJPR16Q6(代表:東樹宏和)、日本学術振興会特別研究員 13J02732(代表:門脇浩明)、科研費 17K15284(代表:門脇浩明)
関連研究機関:京都大学学際融合教育研究推進センター/フィールド科学教育研究センター、理学研究科、人間・環境学研究科、農学研究科、生態学研究センター、龍谷大学理工学部
<研究者のコメント>
森林の土壌には膨大な数と種類の菌類が存在しています。近年、自身の研究をはじめ世界の研究者によって菌類がつくりだすネットワークこそが森林のなりたちを解明する重要なカギであることが分かってきました。しかし、具体的に菌類のネットワークが森林にどのような影響を与えるのかについて知るためには、森林と菌類のネットワークを再現する大規模な野外実験が必要不可欠です。よって、この研究過程はフィールドワークとラボワークの果てしない道のりでした。その間、100 名にのぼる京大生のアルバイトの皆さんに支えていただき、より自然に近く応用性の高い多くのデータを得ることができました。そして、ついに論文として一つの成果にたどり着きました。今回の発表により、支えてくださった多くの方々にご報告できると同時に、森林の未来へとつながる大きな研究ができたことを嬉しく思います。